2010年3月1日月曜日

トヨタの限界とドイツメーカーの底力

さて、バンクーバーオリンピックも終わってしまった。世界の大舞台で戦う選手達を見ると、国内の些細な問題を評論するのか小さなことに思えてしまうが、それでも、オリンピック開会中だって重要なニュースはいくつかあった。そして、その中で、そろそろ忘れられかけてきた、トヨタのリコール問題。今日はこの問題について深く考えたいと思う。
○豊田社長のせいにするのは短絡的だ
米議会の公聴会で豊田社長が謝罪した。トヨタ批判は非常に強かった。これが、日本の経済全体にもたらす影響はどれほどだろうか。そもそも、トヨタは日本を代表する大企業のひとつだ。この問題はトヨタだけの問題ではなく、日本の経済全体に影響を及ぼす問題なのでは無いか。

今回、トヨタの対応は後手後手にまわった感がある。しかし、これまでトヨタを批判してこなかった、日本のメディアも褒められたものでは無い。一説によると、トヨタの高い広告料が…(参考になるURL)ともいわれるが、まさにその通りでは無いか。
そして、更にいわせてもらうと、豊田社長を非常に批判的に見る向きもあるが、本当に豊田社長だけが悪いのだろうか。そのようなことも踏まえ、この問題は、トヨタの弱点をよく示している、と個人的に思った。そこでこの記事を書くことにした。
○キーワードは部品共有
今回、多車種にリコールが及んだが、その理由は、トヨタの“部品共有”だろう。ある部品に欠陥があれば、同じ部品を使った他のすべての車種をリコールする必要がある。これは年度・メーカー別のリコール届出件数及び対象台数だが、少なくとも台数はトヨタが圧倒的である。そして、件数はあまり多いわけでは無い。なぜか?
そこで、もう少しこのリコールを分析すると、このページから分かるようにこの”リコール件数”というのは、ある部品に対してのリコールの件数なので、トヨタのように部品を共有化していると、絶対的なリコール件数は少なくなってしまうのだ。調べて見ると、ほとんどのリコールが多車種にわたるものである。要するに、今回、多車種にリコールが及んだのは、部品共有化のせいだと結論づけてかまわないだろう。奥田碩元社長のやり方がトヨタの大量リコールにつながった、という見方を個人的には支持したい。
◎部品共有化は本当によいことか
少し脱線するが、部品の共有化の大きな目的のひとつはコスト削減である。つまり、部品の共有化をするという事は、一台一台にコストをかけず車を生産し、利益を上げようと言う、腹黒な考えを表している(もちろんそれがすべてでは無いが)。
◎トヨタの販売方針を批判する
トヨタは、とにかく部品を共有した車が多く、また似たコンセプトの車をいくつも出している。それは、消費者に多様な選択肢を与える、と解釈出来なくも無いが、要するに、販売店系列別に同一シャーシ、同一の部品(場合によっては同一ボディ)でありながら若干意匠を変えた「兄弟車」を投入することで、系列間の競争を促し、さらなる拡販を目指す、ということであろう。そして、車自体のコスト削減も進み…結局トヨタ自身の疲弊を招くのでは無いか。そして、コストの削減が杜撰な開発につながってしまうようなことがあれば、更に車の出来が悪くなってしまう
○トヨタの限界
ここで、題名にもしたトヨタの限界の話に移ろう。トヨタといえば、原価低減活動、「乾いたぞうきんを搾る」ともいわれる、徹底的な問題点つぶしである。そしてそれに伴うコストの削減。これは、従業員のことを考えていないから、トヨタは過労死が…(トヨタの闇などをよんでもらえればものすごく良く分かります)などの話も書くべきかもしれないが、今回は、このトヨタ方式の限界について思うところを述べたい。

トヨタのこの手法は、要するに帰納的手法である。なぜなら個々の問題点からどのような改革を行うか検討しているからである。つまり、全く新しいものの創造ができない。これがトヨタの限界の姿だと個人的に思う。
◎プリウスの登場は革新的であった
プリウスは、ハイブリッドカーと言う、これまでに前例がない非常に革新的な車種である。そして、最近になって他社が追随するようになった。しかし、2代目と3代目プリウスは、あまりにも酷似している。これは、2代目の問題点を徹底的につぶして3代目が作られたが、新たな革新的な考えは生まれなかったのでは、と疑ってしまうのはさすがに穿ちすぎだろうか。
◎次期プリウスはどうなるのか
トヨタの限界について述べたが、このまま革新的な考えが生まれない限り、プリウスは先が無くなってしまう。何しろ、3代目を見ると、完全にプリウスは保守にまわっているではないか。次項では、ドイツが環境対策について打った次の一手について考えてみたい。
◎その前に
その前に、トヨタの、傲慢な考え方について。トヨタの品質保証担当役員である横山裕行常務役員が「お客さまの感覚と車両の挙動がずれている」と消費者側に責任転嫁する発言をしたが、これは、非常に傲慢すぎる、と個人的に思う。車の挙動と人の感覚を合わせるのが自動車メーカーの役割では無いのか。このような考えがまかり通ると、世の中は非常に危険な車ばかりになってしまう。
○小排気量ターボに遅れた日本
今、欧州各メーカーが環境対策として開発しているものとして、小排気量ターボが挙げられる。特にアウディ・フォルクスワーゲングループは非常に先進的である。しかし、日本メーカーはこの潮流に完全に乗り遅れてしまった(個人的には、ターボを扱い慣れているスバルに期待していたのだが…)。そして、環境対策に熱心であったトヨタも全く無関心である。特にトヨタに関して言えば、これこそが、トヨタの限界では無いか。つまり、これまで築き上げてきた“ハイブリッドカー”というものに固執し過ぎて、全く新しい”小排気量ターボ”という発想が生まれず、また、新規開発となると開発費がかかるし失敗したら。。。などの懸念から追随できなかった、という見方をしたら駄目だろうか。更に言えば、この全く新しい考え方をできたドイツメーカーというのが、ドイツメーカーの底力を顕著に表しているのではないか。このような全く新しい発想は、帰納法的手法からは生まれないのである。

そして、エンジンで車を動かすことにこだわるのもドイツメーカーらしい。どうすれば車は楽しくなるか、よく考えている気がする。そして、そういった考えをもっていれば、間違っても車の挙動と運転手の感覚が乖離した車はできないだろう。
○ゴルフR・シロッコR
 最後に、最近出たドイツ車の中で、日本メーカー、特にトヨタが絶対に真似できないであろうこの2車種を取り上げたい。

トヨタは、奥田社長のときにスポーツタイプの車を廃止したが、ドイツメーカーはまだまだスポーツタイプの車を作り続けている。そして、爆発的に売れているわけでは無いが、それでも販売をやめるような事はせず、またマニアも存在する。今回のゴルフR・シロッコRだって爆発的に売れるわけでは無いだろう。しかし、VWのこだわり、と言うのが顕著に現れた2台であることは間違いないし、車好きに夢を与える存在でもあろう。

利益を得ることも必要だが、本当に大事な事はそれだけでは無いだろう。今後も自動車産業が生き残っていくためには、何が必要だろうか?トヨタには、今回のリコール問題を真摯に受け止め、企業風土の改革を望みたい。そして、それが日本の自動車産業を未来に生き残らせるための大事な一手になることは間違い無いだろう。

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